この街に暮らす

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この街に暮らす

阪急神戸線で巡る、モダニズムの館たち。

その建築家は、関西をこよなく愛した。

 神戸の女性に「おいしいパン屋さんはどこ?」と聞くと、返ってくる答えは「フロインドリーブ」。今ではおしゃれな店舗だが、ここは昭和の時代、多くの信者が集ったキリスト教の教会だった。
さかのぼること約140年前。開港とともに神戸に集まった外国人らは、宗派を越えて祈りを捧げるユニオン・チャーチ活動を開始した。やがて居留地時代が終わり、祈りの場は神戸の生田町に移転されることに。そこで腕をふるったのが、自らもキリスト教伝道者であった米国人建築家、W・M・ヴォーリズだった。近江八幡を世界の中心と称し、独自デザインの洋館を全国に1000件以上建てた日本びいきの巨匠は、教会らしいゴシック様式をベースに用い、がっしりとした外観とともに、礼拝堂にハンマービーム(梁)の天井を設計。厳かさの中に、豊かなうるおいをたたえた「ユニオン教会」を作り上げた。

愛を誓ったチャペルから、再出発。

 そんな教会を見つめながら育った一人の少女がいた。まだ幼かったヘラ・フロインドリーブ・上原さん(現フロインドリーブ社長)。彼女はやがて大人の女性となり、この教会で、夫となる人と永遠の愛を誓った。
夫妻がふたたび教会と接点を持つのは、神戸を襲ったあの大震災のあと。二人で築いたドイツパンの店を再開するため、新たな店舗を探していたときだった。─ユニオン教会が空き家になっている─。そんな噂を聞きつけ現地を訪れてみると、かつて賑わった教会は、草木の生い茂る廃屋と化していた。だが、地震にも屈しなかった頑丈な建物は、傷つきながらも、力強く堂々と建ち続けている。「私たちの思い出の場所なのだから…」。夫妻の心は動いた。教会を買い取り、一階をショップに、二階をカフェに改装。フロインドリーブの誕生だ。
焼き立てパンが並ぶ一階から、パンの香りに誘われるようにカフェへと向かう。白い壁に続く高い天井から、柔らかな光が落ちてくる。その下は、恋人や友達同士がゆったりと語らう安らぎの空間。長い年月を経て、人々の愛着がユニオンの聖堂に戻ってきた。

フロインドリーブ本店

[フロインドリーブ本店]
計図のないユニオン教会を修復したフロインドリーブ夫妻。教会のイメージを忠実に再現し、第11回BELCA(社団法人建築・設備維持保全推進協会)賞ベストリフォーム部門表彰を贈られるほど高い評価を受けた.。

神戸市中央区生田町4-6-15 TEL 078-231-6051
10:00?19:00(カフェLO18:30) 水曜休
阪急「三宮」駅より徒歩約12分

お店の一番人気「ハードトースト」

お店の一番人気「ハードトースト」(945円)。
このほか、ハードタイプのロールパン(105円)なども揃う



古いレンガの会堂で、おもむろに読書。

 王子動物園近くにある神戸文学館は、もとは関西学院大学のブランチ・メモリアル・チャペルだった。平成になって大改修が施され、神戸で最古のレンガ建築ミュージアムとして新しい人生を歩み始めた。
教師や学生が十字を切ったであろう礼拝堂には、神戸ゆかりの文人を紹介するアカデミックな資料が並ぶ。横溝正史、小泉八雲など、意外な人物が神戸と関わっていたことを展示物が教えてくれる。傍らの椅子にゆっくり腰かけ、文学者たちの力作にひたりたいものだ。

神戸文学館

[神戸文学館]
明治37年(1904)、関西学院大学の原田の森キャンパスに建てられたチャペル。大学が西宮市に移転したあとも、今の場所にそのまま残った。もともとの設計者は英国人、M・ウィグノール。


神戸市灘区王子町3-1-2 TEL 078-882-2028
平日10:00?18:00 土日祝9:00?17:00
水曜休(休日の場合は翌日休)
阪急「王子公園」駅より徒歩約6分


坂道の名前になった異人館。

 旧ハンター住宅は、昔、異人館の並ぶ北野にあった。小高い丘にそびえる神殿風の洋館は、神戸に住む外国人にとっても憧れの的だった。今でも屋敷があった周辺には、「ハンター坂」と命名された道がある。昭和38年(1963)に王子動物園内へ移築され、現存する神戸の異人館の中でも最大規模の1つという。
ハンター住宅の持ち主は、居留地で活躍した英国人の実業家、E・H・ハンター氏。自らのビジネスとともに、日本の近代化にも力を尽くした彼は、ここで晩年の10年間を過ごした。
日本の風土に合うよう、屋根を付け、窓ガラスをはめこんだベランダは、冬でも暖かな太陽光が差し込む優雅な温室。雨水が入っても外に流れ落ちるよう、床にゆるやかな傾斜がついているところに、家を建てた人の思いやりがうかがえる。

坂道の名前になった異人館。

旧ハンター住宅

[旧ハンター住宅]
大理石の暖炉とブロンズのシャンデリアに照らされた応接室で、ハンター氏の娘の結婚式が執り行われた。玄関に敷き詰められたタイルは特注品。階段の踊り場にあるジョージ王朝風のステンドグラスは、わざわざ英国から取り寄せられた。

神戸市灘区青谷町1-1-4(王子動物園内)
TEL 078-861-5624
9:00?16:00(3月?10月は16:30まで)
内部見学は4・8・10月のみ。水曜休(祝日は開園)
入館には王子動物園の入園料600円が必要
阪急「王子公園」駅より徒歩約5分


御影で見つけた非公開の豪邸。

 六甲のふもとに広がる高級住宅地、御影の坂の上に、突如として豪邸が現れます。「旧乾邸」です。普段は公開されていませんが、取材時に特別に内部を見学することができました。

広い庭を抜けて車寄せに近づくと、そこはもう別世界。ゆるやかなアーチ回廊が伸びる迎賓のためのアプローチに、「わあ」と歓声が漏れる。着飾ったご婦人方がここで車を降り、パーティーに、舞踏会に玄関をくぐって行ったに違いない。
乾邸は、昭和11年(1936)、海運業で財を成した乾新兵衛氏が建てた住まい。乾氏はここにゲストを招き、よく宴を催したという。
透かし彫り階段のホールから、シャンデリアの輝くゲストルームへと移動する来賓たち。ひとしきりダンスを踊ったあと、階上のサンルームでワインを傾けながら神戸の景色を眺める、といった楽しみ方にも想像がおよぶ。2階の生活空間とは切り離された、おもてなしのためだけのルームデザインに、往時の華麗さが見えた。

旧乾邸

[旧乾邸]
設計者は、大正から昭和にかけて活躍した関西を代表する建築家・渡辺節。比較的すっきりとした外観に比べ、内部には贅を尽くした装飾が散りばめられている。その豪華さから、映画のロケに使われたことも。


市民が守るヴォーリズ建築

市民が守るヴォーリズ建築

家具が住む、小さなゲストハウス。

 御影にはもうひとつ、W・M・ヴォーリズが設計したかわいいモダン建築がある。実業家、小寺氏の建てた来賓用の住まいだ。ゲストハウスだから、こぢんまり、だけど機能的。マントルピース(暖炉)のある応接間とダイニングは隣り合い、料理やお茶をすっと運べる距離にある。誰に気兼ねすることもなく、ゆっくりと過ごす客人としての時間。階段を上がれば気持ちの良いベッドルームが待っている。今はスペイン家具を取り扱う「セブンハーツ」のショールームとして、スパニッシュ・コロニアル様式の建物にマッチしたテーブルやチェア、サイドボードを展示。インテリアのお手本になりそう。

旧小寺邸

[旧小寺邸]
アンティークなコテ塗り壁と茶の屋根瓦が目印。人の生活を計算し尽くした、ヴォーリズらしい設計。高級感あふれる家具が、そこに暮らすように展示されている

神戸市東灘区住吉山手4-9-14 TEL 078-841-1177
9:00?18:00 火曜・第2水曜休
阪急「御影」駅より徒歩約11分


居心地のいいお席で、おいしいものを。

 船をモチーフにしたクラシックな建物「御影公会堂」では、ロマンチックな建築美に加えて、洗練された味も楽しめる。地下にある「御影公会堂食堂」は、開業以来同じ味を守り続ける老舗の料理店。名物のオムライスは、酸味のあるトマトソースが何ともいえずさわやかだ。レースの揺れるガラス張りの窓際席で、召し上がれ。
御影高杉本店2階の「サラブランカ」では、じっくりと時間をかけてスイーツを堪能したい。デザイン建築を思わせる美的なケーキのデコレーションに、フォークを入れるのが惜しくなる。

御影公会堂食堂

[御影公会堂食堂]
阪神・淡路大震災にもびくともせず、市民の避難所にもなった。レトロなムードと昔ながらの食堂の味を懐かしみ、わざわざ訪れる人も少なくない。名物はオムライス(680円)。


神戸市東灘区御影石町4-4-1 TEL 078-851-2959
11:00?14:00(LO)/17:30?20:30(LO)
火曜休(月曜はランチのみ)
阪急「御影」駅より徒歩約17分

御影高杉本店

[御影高杉本店]
フランス料理のシェフが作り出す芸術的なお菓子。写真は「ミルフィーユ・オ・フリュイ」(788円)。来店客の雰囲気に合わせて、色合いやデコレーションを変えるという


神戸市東灘区御影2-4-10 TEL 078-822-2230
10:00?20:00(LO19:30) 火曜休
阪急「御影」駅より徒歩約2分


古美術の似合う、シンプルな住まい。

 芦屋の静かな山手を散策しながら、「滴翠美術館」へ。みずみずしい樹木の中、ひっそりとたたずむ館だ。
ここは旧山口銀行の頭取、山口吉郎兵衛氏の私邸だったところ。山口氏は財界を引退したあと、この家で人形やカルタ、焼物の収集に没頭した。
六甲の自然に包まれながら、自らが目利きして選んだ古美術を愛する毎日。山口氏は、ここで趣味の世界に遊び、うるおいのある余生を送った。
そんな日々をじっと見守り支えてきた住まいは、華美さよりも清楚さのほうが際立つ。建物の一部は、今は美術館となり、山口氏のコレクションを展示している。シンプルな館には、繊細な和の芸術品がよく似合う。

滴翠美術館

[滴翠美術館]
「滴翠」とは、山口氏の雅号。近年の関西モダニズム建築20選にも選ばれている建物だ。写真右は「宮廷調度絵合わせかるた」

芦屋市山芦屋町13-3 TEL 0797-22-2228
10:00?16:00(入館は15:00まで)
冬季・夏季は閉館。月曜休 入館料600円
阪急「芦屋川」駅より徒歩約8分


天才が描いた迷宮の邸宅。

 芦屋川に沿う小高い丘に、ひときわ目立つ建物を見つけたら、それが「ヨドコウ迎賓館」。天才と呼ばれた建築家、フランク・ロイド・ライトが、帝国ホテルに次いで手がけた物件だ。
迎賓館の顔である応接室は、傾斜のある敷地を基盤に、南側に大きく張り出す構造で日の光を引き込んだ広間。マホガニーの巧みな木組みや、銅板の飾り金具が、独特の高級感を醸し出している。その上にある洋テイストの和室は、着物だけでなくドレスも似合いそうだ。
南側とは打って変わって、北側は家族のプライベートエリアとして作られている。あちこちに配された階段によって、迷宮のような間取りになっているものの、これは使用人の動線を考えてのこと。お手伝いさんが最小の動きでご主人一家をお世話できるようになっている。ライトは弟子達に「設計ばかりやってないで、人の暮らしをよく研究しなさい」と教え諭したという。天才の誠実な一面が、館に過ごしやすさを添えた。

ヨドコウ迎賓館

[ヨドコウ迎賓館]
大正7年(1918)、「櫻正宗」で知られる灘の酒造家・山邑太左衛門の別邸として設計された。ライトの持ち味である「有機的建築」がいかんなく発揮されており、周囲の自然環境に似合うデザインとなっている。

芦屋市山手町3-10 TEL 0797-38-1720
10:00?16:00(入館は15:30まで)
土日祝・水曜のみ開館 入館料500円
阪急「芦屋川」駅より徒歩約10分


※2007年1月取材
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