この街に暮らす
文豪たちが愛した歴史の交差点。
いにしえの古墳群や、西国街道などの古道が残る茨木市。歴史を育んだこの街で、文豪たちは育った。
『雪国』『古都』を書いた日本初のノーベル賞作家・川端康成は、茨木で青春時代を過ごしながら、小説家になる夢をふくらませ、文才を磨いた。
作家であり、詩人、画家でもある〝竹林の隠者〟富士正晴は、茨木の竹林に囲まれた茅葺きの家で、芯のある表現の中に、どこか優しさを秘めた小説をいくつも書いた。若くしてこの世を去った文学仲間の繊細な気持ちを描いた『贋・久坂葉子伝』は、彼の代表作だ。
芥川賞作家の宮本輝は、市内にある追手門学院大学の第一期生として、のびのびとしたキャンパスライフをスタートさせた。勉強はそっちのけでテニスに明け暮れた日々は、のちに『青が散る』という青春小説にまとめられた。
彼らの作品に登場する、茨木の街、自然、人情。点在する文学館やミュージアムが、文豪と街のかかわりを教えてくれる。約21万冊が並ぶ市立中央図書館は、日本でも指折りの「貸出数の多い図書館」だ。本を慈しむ市民の心が、街を文学の空気で満たしている。
上段・左/中央: 木々の薫りが心安らぐ元茨木川緑地。街中とは思えない、ゆったりとした時が流れる。茨木の市街地を散策していると、たくさんの草花たちに出会える。
上段・右: 富士正晴記念館内では書斎の一角が再現され、右にある壁絵は富士が描いたもの
【富士正晴記念館】
茨木市畑田町1-51 TEL 0720-627-7937
開館時間 9:30〜17:00 火曜・第3木曜・祝日休
下段: 宮本輝ミュージアム。静けさの中で、宮本作品をじっくり味わえる
【宮本輝ミュージアム】
茨木市西安威2-1-15
追手門学院大学附属図書館内
TEL 072-641-9639
開館時間 9:20〜19:50(土曜は17:00まで)
日曜・祝日休 ※開館日・時間は変更あり
川端康成青年が通い詰めた本屋さん。
買い物客で賑わう阪急本通商店街を、10代の川端康成は毎日のように訪れた。目当ては書店。小学生の頃に、学校の図書室の書物をすべて読破したという川端青年は、支払いを気にしながらも本を買った。「あの時代の大福帳も残っていたんだけどねえ」と、行きつけだった書店の一つ「堀廣旭堂」のおかみさんが遠い目をして言う。
幼くして両親を亡くした川端は、3歳のとき、茨木の旧家を守る祖父母に引き取られた。盲目の祖父にかわいがられ、屋敷の庭石で昼寝をし、木の上で本を読む生活を送ったという。
体は弱かったが勉強はよくできた川端少年は、茨木中学校(現在の茨木高校)にトップで入学。地元の京阪新報社に投稿を始めるなどして、作家としての志を固めていった。祖父が亡くなった後に入った中学の寄宿舎では、友人と競うように作品を書いた。
中でも、茨木と川端を結ぶ作品『十六歳の日記』には、病で衰えゆく祖父の看病をしながら感じた辛い思いなどもつづっている。読む人を引き込む川端文学の豊かな表現力は、そんな茨木での日々が、ゆっくりと培ったものなのだろう。川端青年の足跡は、「川端康成文学館」でたどることができる。
フランス語の名がついたニッポンのお酒。
読書の供を求めて、街をぶらぶら散策していると、明治2年創業の「中尾酒造」を見つけた。ここは市内唯一の醸造蔵。5代目の中尾宏さんは、修業先が国税局の醸造試験所というちょっとユニークな経歴を持つ。
世界中の酒をテイスティング調査するこの機関は、自身の舌を鍛えるにはちょうど良かったそう。3年間腰を据えて、酒造りに欠かせない「酵素の研究」に没頭したという。
日本酒の香りは酵素で決まる。酵素の微妙なバランスによって、あるものは華やかな、あるものはさわやかな香りをまとう中尾酒造の酒は、中尾さんのこうした基礎が醸しているものだ。茨木は、酒造好適米「三島雄町」を育み、灘からも米の買い付け人がやってきたという。こうした風土と日本酒マイスター・中尾さんの技術がコラボレートすることで、飲みやすく香り高い地酒が生まれる。
川端康成文学館前の石碑には、随筆「茨木市にて」の一節が刻まれている
[川端康成文学館]
茨木市上中条2-11-25 TEL 072-625-5978
開館時間 9:00〜17:00 月曜午後・火曜・祝日の翌日休
茨木市立中央図書館では、本やCDはもちろん、複製絵画も貸し出してくれる
[茨木市立中央図書館]
茨木市畑田町1-51 TEL 072-627-4129
開館時間 9:30〜17:00
(水・木・金曜は20:00まで)
火曜・第3木曜・祝日休
「読書に合う酒ねえ」。そう言いながら、中尾さんが持ってきてくれたのは、「凡愚(ボング)」という酒。フランス語でおいしいという意味の「ボング」に、平凡の凡、愚鈍の愚を当て字した。日本酒には、寿、春といった字を使うことが多いのに、なぜこんな漢字を使ったのか。「質の良い酒づくりを、平凡に、愚直に追求し続けたい、という思いを込めたからですよ」と中尾さんは笑う。なるほど。奥深い文学に似合いそうな、知的なネーミングの一本だ
[中尾酒造]
茨木市上泉町6-30 TEL 072-622-2205
営業時間 9:00〜19:00
日曜・祝日休(12月のみ無休)、夏季は土・日曜・祝日休
自然派ケーキに入っている優しい“添加物”。
読書の合間のティータイムに、ちょっと訪れたいのは、南フランスを思わせる白い壁の洋菓子店「プールアヴェニール春菓」。春のような温かな気持ちになれるケーキを作れますように、と名付けられたお店だ。無添加クリーム、国産小麦、地鶏卵などのこだわり素材を使ったヘルシー志向のお菓子は、茨木マダムのご用達。店内の一角は日差しの差し込むカフェになっていて、ゆったりと時を過ごしてほしいという心遣いが、落ち着いたインテリアやテーブルに飾られた花から伝わってくる。
結婚後に茨木に移り住み、このお店を開いたパティシエ兼オーナーの水原朝子さんは「うちのケーキには、あえて入れている添加物が一つあります。それは、食べる人に幸せになってほしい、という私たちの願いです」と笑う。優しい思いが焼き菓子の香りとともに漂ってきた。
市民が力を合わせて街を丸ごとガーデニング。
ふと、外へ出て本を読みたくなる。茨木には、そんな気分にさせてくれる緑のエリアがある。市街5kmにわたって伸びる元茨木川緑地は、アーチのような並木道が続く都会のオアシス。緑地内にあるベンチで本のページをめくると、植物が放つマイナスイオンに身も心も癒やされていく。ところどころに水辺があり、道沿いの花壇では季節の花が咲き揃っている。ジョギングや散歩を楽しむ市民たちも、どこかうれしそう。こぼれ落ちる木漏れ日を天然のライトスタンドにし、木々のざわめきをBGMに、静かな読書タイムが過ぎていく。
こんなに気持ちのいい場所だが、かつてここは、廃川となった茨木川の跡地だった。荒れた土地を少しでも潤いある空間に生まれ変わらせようと、市によってサクラ、カシ、クスが次々と植えられていき、今では「大阪みどりの百選」に選ばれるほどの自然スポットに成長した。
市の花「バラ」が咲き誇る若園公園バラ園も、緑と対比をなすようで見事。春や秋には、赤やピンクといった色とりどりのバラが園内を埋め尽くし、訪れる人の目を楽しませてくれる。
これほど緑豊かなのは、市を挙げて取り組んでいる「みどりのまちづくり」や、市民も参画する「花と緑の街角づくり」の賜物だ。茨木に息づくこうした緑の歴史は、いつか心温まる物語になるのかもしれない。
上段: お店で一番人気の「しあわせのチーズケーキ」。スフレタイプなのに、口に入れると濃厚なレアチーズの味わい。大きな焼き印には「見て食べて幸せを感じて」という真心が込められている。食べた瞬間、独特のふわとろ感に思わず笑顔がホロリ
[プールアヴェニール春菓]
茨木市新中条町8-16 TEL 072-620-8012
営業時間 9:00〜20:00 水曜休
中段:茨木市のマスコット・茨木童子。酒呑童子(しゅてんどうじ)とともに暴れ回った鬼として、浄瑠璃などに登場する。現在はかわいい姿で市民を見守っている
下段:約140品種・約2,200株のバラが植えられている若園公園バラ園。春は5月中旬、秋は10月下旬から11月中旬が見頃になる
[若園公園バラ園]
茨木市真砂2丁目・若園町19 TEL 072-633-1764
開園時間 9:00〜19:00(9月〜4月は17:00まで)
火曜休(休日の場合は開園)

