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武庫川の対岸を山手にたどると、美しい住宅地、武庫山がある。静かな邸宅街の坂を上ると、「あら?」と目に留まる一軒があった。「カフェいぐれっく」、今、宝塚のおいしいもの好きの方の間で密やかに口コミで広まっているお店だ。カフェといっても、今流行りの若者たちの集いの場ではない。こちらは大人のためのカフェ。
レストランのように午後の閉店時間がないので、ふらりと立ち寄って、スフレやケーキでお茶したり、小腹がすいたら軽くテリーヌとサラダを頼んだり。また、ランチやディナーはおしゃべりしながらゆっくりと。思い思いのスタイルでくつろいで、おいしい本物のフレンチを味わえる。人々の暮らしになじんで愛されてきたパリの街角のカフェやビストロのようなお店なのだ。
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| 「いつかこんな店を持てたら…というのが30年間の夢でした」物静かに、しかも熱く語るシェフの土田泰宏さんは、大阪万博の翌年大学を卒業して辻調理師専門学校へ進んだ。当時の校長は、創設者であり日本に本格的なフランス料理文化をもたらしたフランス料理研究家、辻静雄氏であった。氏のもとで4年間フランス料理の腕を磨いた土田さんは、「伝説のレセプション」と呼ばれた辻個人のサロンで開催される食事会の調理にも参加した。招かれた各界の著名人には、最高の素材が最高のメニューで贅を尽くしてふるまわれ、調理に携わった料理人にとっては生涯二度とできない夢のような経験であったという。
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| 土田さんには、もう一つ忘れられない思い出がある。当時はまだ西洋料理としてひとくくりにされていたフランス料理の本物を、と辻静雄が巨匠ポール・ボキューズ氏を日本へ招聘し、国内のシェフたちを前に講習会を開いた。土田さんは、そのサポートスタッフの1人として一緒に仕事をする幸運を得た。そして、自分が作ったスープの仕上がりを味見してもらったときに、鋭い眼差しで「ボン(いいぞ)!」と言われたときの感動は今も胸を熱くする。
その後、土田さんはパリで暮らし、本場の一流店の味を食べ歩いて、フランス料理を体で覚え込み、実家の洋菓子会社に勤務した。30年間、フランス料理とあのときの感動は封印された。
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オードリー・ヘップバーンのお洒落な映画「麗しのサブリナ」に、主人公がパリの料理学校で学ぶ傑作シーンがある。卵を片手で割るレッスン、作っていたのはスフレ。「幸せな恋をしている女性はスフレを焦がす。不幸な恋をしている女性はオーヴンのスイッチを入れ忘れる」小粋なセリフが物語るほど、スフレはフランスを代表するデザートであり、デリケート。
土田さんの「いつか…」の夢にいつも登場したのが、このスフレだった。素材にこだわって時間と手間をかけ、難しいタイミングを逃さず焼き上げたスフレは、空気のように軽やかな中に、フランス料理の持つ何とも幸せな満足感が詰まっている。
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じっと温めてきた夢をかたちにしたい。2005年、土田さんは第二の人生を歩みだした。
「一緒に夢を見ませんか」と誘ってくれたのが、カフェのこの土地のオーナー小島氏だった。高齢化が進むこれからの日々に、お歳を召した方にもくつろいでいただける店を作ろう。
オーナーとの思いが一致した。土田さんは30年間封印してきた心の引き出しを一つずつ開けるように、あの大家たちに学んだ「本物」の作り方と味を、素材一つ、調味料一つにこだわり、よみがえらせていった。サービス担当は奥様の敬子さん。
作る側とお客様とが直接言葉を交わせて、いつも新たな刺激がある。それまで主婦業ひとすじだった奥様にも、思いがけない、そして充実感に満ちた日々が始まった。
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「ここのシーザーズサラダは本物」「パリで食べたオニオングラタンスープと同じ味」来店されたお客様は、なにがしか声をかけてくださる。「2人で始めてよかった」と土田さんは語る。「宝塚という街だからこそ、お客様がわかってくださる。そして、何度も足を運んでいただける。手も気も抜かず丁寧に、当たり前のことをしているのが、お客様に認められる。それが何よりうれしい」土田さんは夢を叶えた幸せを語る。
お客様の中には90代の方もいて、お付きの方と来られ煮込み料理をいつも残さず召し上がる。何度食べても飽きない、しばらくするとまた食べたくなる味。だから、いつも同じメニューを作り続ける。店の中には、どこか懐かしい暖かな空気が漂っていた。
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