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| JR高槻駅に近い芥川町の通り沿い、あら、こんなところに?というビルの2階にバイオリン工房「クレモナ」がある。ドアを開けると思いがけない木の香りとニスの匂いに迎えられる。窓からの光がほどよく入る工房には、おびただしい数のバイオリンやチェロがつやつやとした光沢を放っている。楽器だけではない。作業机の周囲には、飛行機のコックピットさながらに使い込まれた工具がオブジェのようにスタンバイしている。窓辺には、木で手作りされたさまざまな小物や楽器の手法で作られたチェア、遊び心がいっぱいの亀や恐竜のかたちをしたバイオリンもある。
そんなたくさんのものたちが、ここだけ別の時間が流れているようにゆったりとしたハーモニーを奏でている。 |
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| 工房の主であるリュウタイオ(楽器職人)岩井孝夫さんは、長野県でギターから楽器製作の道に入ったが、それはベルトコンベア式の単純作業であった。その頃、バイオリン作りの先生に出会う。1年ほど学び、関西へ帰って京都、大阪で何人かの先生のもとで修業した。しかし、まず基礎が大事と基礎だけを黙々と繰り返して学ぶ日々に物足りなさを感じた。「今ではその大切さがよくわかりますが」と笑う。もっと早く効率よく上達するには、バイオリン製作の本場で学ぶしかない。
下調べをもとに、テントをかついで本場のドイツとイタリアの学校を訪ねた。ドイツでは修業にドイツ語ができることが条件とされた。ミラノとヴェネツィアの間にある北イタリアの小さな街で、外国人枠のある学校を見つけた。その街がクレモナだった。 |
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イタリア一高い鐘楼のある街クレモナは、世界中にその名を轟かせるバイオリン製作の都だ。
16世紀半ばに現在のバイオリンの原型を最初に作ったといわれるアンドレア・アマティも、17〜18世紀に芸術的で華麗な作品を作ったストラディバリやその双璧とされる豪放で深みのある名器を生んだガルネリ・デル・ジェスも、クレモナが生んだ名工だ。人口約7万人の街に2〜300人のリュウタイオの工房がある。誰もが昔の製法を守り、機械を使わず原木から削り出し、張り合わせ、柄をつけてニスを塗る。
それがクレモナ派の誇りなのだ。 |
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岩井さんは3人のマエストロ(親方)に学んだ。2番目と3番目のマエストロは世界的な巨匠である。共通するのは、バイオリンづくりに真摯に取り組む態度だ。待っていても誰も教えてくれない。バイオリンを作りたいなら、自分で考え腕を磨く以外にない。パーフェクトにできなかったり、ごく些細なムラに目をつぶったときは、徹底的に叱りつけられた。そうやって正確無比、より上のグレードをめざす。「自分で作って、自分で売ればいい」職人とはそういうものだ、とマエストロは言う。飛び込みでミラノの音楽学校へも行った。レッスン中でも「バイオリンを売りに来た」と聞くと、教授も学生も見せてみろと集まってくる。たまに売れた。6年目に労働許可証を手に入れ、クレモナに工房を開いた。
帰国するまでには12年が過ぎていた。 |
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今年6月チャイコフスキー弦楽器製作コンクールで、岩井さんのバイオリンが最優秀音響賞を受賞、同時にポーランドバイオリン製作者協会からも最優秀音響賞を受賞した。パルマの国立音楽院で学んだ3番目の師、スコラール・ベッツァ氏は、すべてを叶えて満たされた今は「100年は鳴らないバイオリンを作っている」と言って笑ったそうだ。
出来のよいバイオリンは200年、300年たって最高の音色を響かせる。娘のその先の子孫へ遺すために、何世紀も先を夢見て作る80歳を過ぎたマエストロ。
岩井さんの口調に敬慕の念がにじんでいた。 |
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高槻には大人が居場所にできるいいカフェやバーがある。阪急高槻市駅から城北通商店街を抜けるあたりにある「JKカフェ」は、年中無休、朝・昼間・夜…さまざまな人が思い思いにくつろいでいる。毎晩7時からジャズライブがあり、北摂・京都方面のジャズファンにはおなじみだ。毎年ゴールデンウィークに市民ボランティアにより開催される高槻ジャズストリートの事務局も、この3階にある。
第9回ジャズストは今年も37会場でライブ演奏があり、高槻の街にジャズがあふれた。カフェは今年のクリスマスイブで10周年を迎える。
大人が元気な街は面白い。 |